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福岡地方裁判所 昭和49年(ワ)344号 判決 1976年5月25日

原告

芳賀一之

ほか一名

被告

住ノ江海陸運輸株式会社

ほか一名

主文

一  被告らは各自、原告芳賀一之に対し金三〇八万一九四五円及びこれに対する昭和四八年五月二九日から支払済まで年五分の割合による金員を、原告芳賀信之に対し金三二万一七六七円及び内金一万一七六七円に対する昭和四九年四月五日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の各請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用についてはこれを五分し、その四を原告らのその余を被告らの各負担とする。

四  この判決の第一項については仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告「被告らは各自、原告芳賀一之に対し金二二七五万〇六九一円及びこれに対する昭和四八年五月二九日から支払済まで年五分の割合による金員を、原告芳賀信之に対し金二四一万二六〇〇円及び内金一四万二〇六〇円に対する昭和四九年四月五日から支払済まで年五分の割合による金員を各支払え。

訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決並に仮執行の宣言。

二  被告ら「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決。

第二当事者の主張

一  原告の請求原因

(一)  事故の発生

原告は次の交通事故により負傷した。

日時 昭和四八年五月二八日午前八時三〇分頃

場所 福岡市博多区東浜一丁目二先道路上

加害車 大型貨物自動車(佐いか五六四号)

右運転者 被告鹿鬼己蔵

被害車 自動二輪車

右運転者 原告芳賀一之

事故の態様 後方より直進中の被害車に左折中の加害車が衝突したもの。

(二)  責任原因

1 被告会社については加害車を所有し自己のために運行の用に供しており本件事故は、同会社の従業員である被告鹿が会社の業務執行中に起した事故であるから、自賠法第三条、民法第七一五条による責任

2 被告鹿については加害車を運転し左折するに際し、左後方の安全確認を怠つた過失により本件事故を発生させたのであるから、民法第七〇九条による責任がある。

(三)  原告らの損害

1 基礎たる事実

本件事故により原告一之は右足関節開放性内踝骨折、右足底圧挫創、右足部脱臼、右下腿挫創、第一、二楔状骨剥離骨折、第四中足骨骨折の重傷を負い、事故日より同年八月三一日まで(九六日間)溝口外科整形外科病院に入院し、同年九月一日より一一月三〇日まで三ケ月間通院(内治療実日数四九日)して加療し、その間安部整形外科、国立中央病院でも治療を受けたほか、医師の指示により鍼灸あんま士のマツサージ治療を受け同年一一月三〇日に症状固定と診断された。

症状固定後右足関節部に著しい機能障害を残したほか、右下腿下部より足部の諸所に挫創瘢痕があり、足部に骨が突出しており、外反状に変形があり、足前半部が外方に転位しており、荷重痛があり跛行し独立起立は不能となつた。右後遺症は溝口医院では自賠法施行令別表第一〇級一〇号と、自賠責保険においては同法第九級と判定された。

2 治療費 五二万三〇四五円

(イ) 溝口外科整形外科病院分 四八万一六四〇円

(ロ) 鍼灸あんま師によるマツサージ代 三万七一〇〇円

(ハ) 安部整形外科 九七〇円

(ニ) 国立中央病院 三三三五円

3 入院雑費 三万六〇〇〇円

一日四〇〇円の割合で九六日間分の内金

4 付添看護料 一六万四一一一円

5 通院雑費 一万八〇〇〇円

昭和四八年九月一日から同年一一月三〇日までの間一日二〇〇円の割合による通院費を要した。

6 自動車代 二万七五九〇円

(イ) 母ミヨコが事故当日篠栗に新四国詣りに行た居り急を聞いて馳けつけた自動車代一三七〇円

(ロ) 出席点呼のため出校した自動車代金 二万六二二〇円

7 入院中のねまき、T字帯代 三一〇〇円

8 診断書料 二七六六円

9 逸失利益 二三五四万七九五九円

(イ) 原告一之は小学生当時よりバレーボールの選手として嘱望され将来全国一流の選手として成長することが期待されており、その特技を生かして高校卒業後は専売公社広島支店等に就職が確実視されていたものである。ところが、本件事故のためバレー選手としての将来の希望は挫折したのみならず、専売公社等への就職も断念せざるを得ず、やむを得ず福岡大学体育学部に入学して現在に至つている。

(ロ) よつて原告一之は、本件事故により、四年間就職が遅れたことにより、労働省昭和四九年賃金センサス(男子、産業計、企業規模一〇〇人以上、新高卒年齢一八歳―一九歳)による年間収益八九万五三〇〇円の四年分について年毎ホフマン式により中間利息を控除した三一八万七二六八円の得べかりし利益を喪失した。

(ハ) 原告一之は大学卒業後も前記後遺症のためにその労働能力を少くとも三割五分喪失し、労働省昭和四九年度賃金センサス(産業計、企業規模一〇人以上、男子、旧大、新大卒)により同人が満六五歳まで稼働し得るものとして、中間利息を年毎ホフマン複式により控除してその間の得べかりし利益の喪失分を計算するとその合計は二〇三六万〇六九一円となる。

10 慰藉料 三〇〇万円

原告一之の前記入通院期間後遺症の内容程度、同人が生涯の希望としていたバレー選手としての生命が断たれたこと等を考慮するとその慰藉料は五〇〇万円を相当とするがそのうち三〇〇万円を本訴において請求する。

右のうち、9、10については原告一之についての損害であり、その余の分については、これを支出した原告信之の損害である。

(四)  損害の填補

原告らは自賠責保険金より、治療費として、三九万三四六〇円、仮渡金として一〇万円、後遺症補償金として一三一万円の給付を、被告らより治療費として七万四九八〇円、付添看護料として一六万四一一一円、雑費として五万円の弁済を受け各損害に填補した。

(五)  弁護士費用

原告信之は本訴を弁護士たる訴訟代理人に委任し、認容額の一割を報酬として支払うことを約したが右のうち、二二七万円を被告らに対し支払を求める。

(六)  結語

よつて、被告らに対し原告一之はその損害総額のうち、金二二二七万〇六九一円及びこれに対する事故発生の翌日から支払済まで年五分の割合による遅延損害金を、原告信之はその損害のうち、金二四一万二六〇〇円及び内金一四万二〇六〇円については本訴状送達の翌日から支払済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被告らの答弁及び抗弁

(一)  請求原因(一)、(二)の各事実は認める。

(二)  請求原因(三)の事実のうち、2の(イ)、(ハ)、(ニ)、4の各損害発生の事実は認めるが、その余の事実についてはいずれも不知。

(三)  同(四)の事実については認める。

(四)  原告一之は自動二輪車を運転するに際しては自車の前方左右を注視し停止中の車両を発見した場合には左折するか否かを確認するため徐行して進行すべき義務があるのにこれを怠り、時速二〇キロメートルから四〇キロメートルに加速して進行した過失により本件事故が発生したのであるから、損害賠償額の決定については原告一之の右過失をも斟酌すべきである。

第三証拠〔略〕

理由

一  請求原因(一)(事故の発生)、同(二)(責任原因)の各事実については当事者間に争いがない。

二  被告は本件事故発生については原告一之にも過失があると主張するのでこれについて検討する。

1  いずれも成立に争いのない乙第一号証ないし同第七号証、同第八号証の一、二、同第一一号証ないし第一四号証、原告一之本人尋問の結果、当裁判所の検証結果によると以下の事実が認められる。

2  本件事故現場は千鳥橋交差点方面から香椎方面(略南北)に通ずる歩車道の区別のある車道部分の幅員一九メートル、片側三車線(外側より第一通行帯自動二輪車等、第二通行帯貨物自動車等、第三通行帯普通乗用車)のアスフアルト舗装された前後の見とおしのよい車両の交通量の多い国道であり、衝突地点より約三〇メートル千鳥橋方面には信号機により交通整理の行われている交差点があり、衝突地点の西側は工場用地への幅五・三メートルの出入口となつている。

3  加害車は右道路を北進してきた後工場出入口より一七・五メートル南方(千鳥橋方向)の第一車線内で一旦待機し、その後車体を大回りして工場内は進入すべく時速約八キロメートルで発進して右側の第二車線に出て約一四メートル進行後工場出入口に向つて左折を開始後二、三メートル進入した地点で第一車線を時速約四〇キロメートルで北進してきた被害車の前部と加害車の左側面が衝突した。加害車運転者の被告鹿は第二車線内に進入後後方をサイドミラーで見たが後続車は認めず、遅くとも左折開始直前の地点では点滅式の燈火により左折合図をしたが更に後方の安全確認はしなかつた。

一方原告一之は被害車を右速度で運転し第一車線を北進して前記交差点内に進入した際、加害車が第一車線から第二車線内に移動したのを見て、加害車はそのまま第二車線を直進していくものと考えてそのままの速度で直進したところ、急に加害車が左折するのを発見し、急制動をかけたが〇・三メートルスリツプして加害車と衝突したものである。

4  前記認定の各事実によると加害車の運転者としては、大型車であり第二車線から急角度の左折をするに際しては左折開始前に一旦停車して特に後方の安全を確認する注意義務があるのにこれを怠り後続車両はないものと考え時速八キロの速度のまま左後方の安全を確認しないで左折しようとした過失があることは明らかであるが、一方原告一之としても、加害車が第二車線に出て約一四メートル進行後左折開始して約一秒後衝突していることになるが左折開始時には点滅燈による左折合図もあり、左折車の方向、速度よりして通常の前方注視をすれば左折開始を認識することができ、右左折開始時には被害車は衝突地点の約一一メートル手前にいたことになるのであるから直ちに急制動、左側への転把等の事故回避措置をなし得るものと考えられるところ、衝突直前まで左折車に気付かず直進し、〇・三メートルスリツプしてそのまま衝突する程近接して急制動をかけているものと認められ、本件事故発生につき原告一之については前方等不注視による左折車の発見遅滞及びこれに伴う回避措置不適の過失があるものというべく、本件事故は加害車の運転者被告鹿と被害車の運転者原告一之の双方の過失の競合によつて発生し、その過失の割合は加害車側八割五分被害車側一割五分と認めるを相当とする。

三  そこで原告らの損害について検討する。

1  いずれも成立に争いのない甲第一号証の一ないし五、同第三号証の一、二、証人溝口博の証言原告一之、同信之各本人尋問の結果によると本件事故により、原告一之は右足関節部開放性内踝骨折、右足底圧挫創、右足部脱臼、右下腿挫創、第一、第二楔状骨剥離骨折、第四中足骨々折の負傷をし、事故日より昭和四八年八月三一日までの九六日間溝口外科整形外科病院で入院し、更に、同年九月一日から一一月三〇日まで(内通院実日数四九日)同病院へ通院して加療し、その間安部整形外科、国立中央病院で各診察を受け、医師の指示により鍼灸あんま師のマツサージ治療を受け同年一一月三〇日症状固定と診断されたところ、右足関節に著しい機能障害(足首の伸展、屈曲制限)、右足の頑固な神経症状(荷重痛があり、跛行する)があるものとして、主治医により自賠法施行令所定第一〇級の、自賠責保険査定事務所で併合九級の後遺症があるものと判定され、2ないし7の各費目については原告信之が同一之の父として出費をしたことが認められる。

2  治療費 五二万三〇四五円

請求原因2、(イ)、(ハ)、(ニ)の各治療費を要したことは当事者間に争いがなく、前記1掲記の各証拠によると(ロ)のマツサージ代については溝口医院への通院と併行して医師の指示によつてなされたものであり、その合計は三万七一〇〇円であることが認められ治療費合計は右の額となる。

3  入院雑費 三万六〇〇〇円

前記入院期間(九六日)中一日四〇〇円を下らない入院雑費を要することは公知の事実であり、その内額である原告の請求三万六〇〇〇円は理由がある。

尚請求原因(三)、7の入院中のねまき代等についても右認定の入院雑費の一部と解され、更に独立の損害とは認められず右請求部分は失当である。

4  付添看護料 一六万四一一一円

右入院期間中同額の付添看護料を要したことは当事者間に争いがない。

5  通院費 五八八〇円

前掲1の各証拠によると原告一之は溝口外科に四九回通院し、毎回一駅分の電車賃往復一二〇円を要したことが認められるその余の通院雑費を認めるに足りる証拠はない。

6  タクシー代 二万六二二〇円

成立に争いのない甲第七号証の一七ないし一九、原告信之本人尋問の結果によると原告一之の入院中、歩行不能のため夏休み中の出校日にタクシーを利用し六六二〇円のタクシー代を要したこと、通院治療中尚歩行能力不充分のため通学のためにタクシーを利用せざるを得ず一万九六〇〇円のタクシー代を要したことが認められる。

尚請求原因(三)、6、(イ)の母ミヨコの自動車代一三七〇円については、主張自体より本件事故と相当因果関係を有するものとは解されず右の請求部分は認められない。

7  診断書料 二七六六円

成立に争いのない甲第五号証の一ないし三、原告信之本人尋問の結果によれば原告一之の診断書を自賠責保険請求手続警察署、学校へ提出するために五通作成し、右の金額の費用を要した事実が認められる。

8  逸失利益 二五四万三四六五円

いずれも成立に争いのない甲第一一号証、同第一二号証、乙第二〇号証、証人溝口博、同大和良一の各証言、原告信之、同一之各本人尋問の結果によると原告一之は小学校高学年時よりバレーボールの選手として才能抜群で体躯に恵まれ高校卒業後はバレーボールの全日本リーグ加入の実業団チームを擁するような一流企業に入社することが確実視されていたところ、本件事故による前記1認定の後遺症のため選手としての能力は低下し、右の様な企業への就職は断念せざるを得なくなり、大学の体育学部入学の途を選ぶに至つた。ところで同人の受傷時の年齢、その後の努力の甲斐もあり、症状固定の診断時より後遺障害の程度はかなりの改善がうかがわれ、バレーボールの選手として高校の公式試合にも四試合出場可能となり、大学の体育関係科目についてはいずれも優或いは良の成績をあげており、これを修了し卒業後は体育選手になることは困難としても通常の同学部卒業者と同様就職し稼動し得るものと考えられるが、現在においても体重、荷重を右足つま先にかけたり、走つたり、長時間歩くと右関節に痛みを感じ運動能力に制限があることが認められる。

同一人が高校卒業後直ちに就職する場合と大学卒業後就職する場合では、通常は後者が就労年数は大学在学期間だけ少くなるが生涯における収入総額が前者を上回るものと解され、高卒後就職予定の原告一之が大学に進学し四年間就労が遅れたことによる得べかりし利益の喪失を理由とする原告の請求部分は失当であるが、大学の体育学部を卒業し体育指導者等の体育関係者として就職し、稼働するにつき、右運動能力の制限が不利益な条件となることは否定し得ない面があり、前記認定の一切の事情を綜合し、同人が大学卒業後五年間については全体の二割五分その後五年間については二割、更にその後五年間については一割の各労働能力を喪失し右割合による逸失利益を生ずるものと認めるのを相当とし、労働省賃金センサス昭和四九年度分第一巻第一表企業規模計、男子労働者、新大卒の平均賃金(当初の五年間については二〇歳から二四歳の分、次の五年間については二五歳から二九歳の分、最後の五年間については三〇歳から三四歳までの分)により中間利息をホフマン年毎複式により控除して別紙のとおり計算すると逸失利益の総額は二五四万三四六五円となる。

9  慰藉料 二八〇万円

前記一認定の原告一之の本件事故による負傷の部位程度治療(入通院)期間後遺症の部位程度、右8認定のとおり同人はバレーボール選手として将来の大成が期待され本人も日本リーグ加入チームへの入団等により、選手として活躍することを希望し周囲からもこれが確実視されていたのに本件事故によりこれを断念せざるを得なくなつたこと等一切の事情を斟酌し原告一之の精神的苦痛を慰藉するための金額は二八〇万円をもつて相当とする。

四  過失相殺

以上の原告らの損害(2ないし7については原告信之、8、9については原告一之の損害)につき前示二の本件事故発生についての被害者側としての過失を斟酌し、右認定割合の過失相殺をすると原告信之については六四万四三一八円、原告一之については四五四万一九四五円の損害賠償請求権を有していることとなる。

五  損害の填補

原告らにおいて、治療費として計四六万八四四〇円を自賠責保険給付金及び被告の弁済金より、付添看護料として一六万四一一一円を被告の弁済金より、その他の損害金の内払として自賠責保険仮渡金より一〇万円、同後遺症補償金として一三一万円を、被告より五万円の弁済を受け原告らの各損害に填補したことは当事者間に争いがなく、右填補の額を控除すると被告らに対し原告信之において一万一七六七円、原告一之において三〇八万一九四五円の損害賠償を求めることができることとなる。

六  弁護士費用 三一万円

原告一之において弁護士たる訴訟代理人に本訴を委任したことは本件記録上明らかであり、本訴の内容、難易度、審理の経過、認容額等を考慮すると同原告において被告らに請求し得る弁護士費用としては右の額をもつて相当とする。

七  結語

よつて被告らに対し各自、原告一之に対し金三〇八万一九四五円及びこれに対する事故発生の翌日たる主文記載の日から支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金、原告信之に対して金三二万一七六七円及びこのうち弁護士費用を除く金一万一七六七円については本訴状送達の翌日たること本件記録上明らかな昭和四九年四月五日から支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める限度において原告の本訴請求は理由があるので正当として認容し、その余の各請求部分を失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、勝訴部分の仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 松村恒)

逸失利益計算書

<1> 23歳から27歳

(92300円×12+166100円)×25/100×(8.5901-5.1336)=1100636円

<2> 28歳から32歳

(116800円×12+423700円)×15/100×(11.5363-8.5901)=806654円

<3> 33歳から37歳

(153600円×12+634600円)×10/100×(14.1038-11.5363)=636175円

<1>+<2>+<3>=2,543,465円

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